Part2Snaps

         

日本フリースタイル発祥の地駒沢は現在も新たなライダーを輩出し続けている。故高橋潮、ディケード。平木氏亡き後JFA(Japan Freestyle Association)をシゲジから引き次ぎ活動を続けた石原剛、ハンドスタンド

 

        

駒沢ローカル保坂、バーライド、80年の後半頃ストリートスタイルのムーヴメントがBMXにもやって来た。石橋登、フットプラント

 

        

スケートでジャンプランプトゥフラットのジャンプが流行っていた頃、BMXでもやっていた。今はプロスケーターとして活躍している赤池、ターンダウン、田村健インバート

 

      

コンテスト会場にもなった原宿近辺もいいライディングスポットだった。乙幡潤、ハング5、田中元章、マイアミホッパー

 

 

        

今も多くのフラットローカルのいる新宿中央公園もいい練習場所だった。短期間で路面が何度も変った。石橋登、グライド系。大阪から時々遊びに来たビッケ、マイアミホップホップバースピン

 

       

夜になると明かりを求めて地下や歌舞伎町まで乗りに行った。今はローズプロダクツ社長の中本龍、ハング5、石原剛、ブーメランバリエーション

 

 

       

この頃は車もなく、移動手段はBMXがメインだった。石橋登、バックサイドディケード、この頃はフラットもストリートもランプも同じフレームしかなかった。ストリート用のフレーム直付けアンダーガードが付いている。田中元章、ローリングディケード

 

      

大阪のシーンを引っ張っていたのはこの2人、シゲジはJFAの創始者。ビッケは早くからストリートのスタイルを積極的に取り入れていた。ディザスターバースピン

 

       

日本のフリースタイルBMXの歴史は駒沢公園から始まった。日本で最初のStreetのコンテストもここで行われた。レーサーもフリースタイラーも全てのライダーがエントリーして楽しんだ。レーサー代表Tacos24でエントリー、当時のバイクは今ほど強度がなくて、バイクを壊しまくっていた植山Shoe-G、ターンダウンディザスター

 

 

      

駒沢公園でのコンテストは現在も宴(うたげ)会として継続されている。当時からフラット、ランプ、ストリート全ての競技が行われていた。乙幡潤、キャンキャン、伊東兄弟の兄真一郎、当時はやっていたハマーのプロテクター

 

  

当時はライダーの呼びかけで手作りのコンテストも頻繁に行われた、加太正英は神奈川のローカルで座間キャンプでのイベントを主催していた。若き日の伊東兄弟の高志(弟)と真一郎()、たぶんフラットエキスパートクラスの表彰のシーンで左から池田二郎、乙幡潤、根本秀幸、みんな若かったね

 

       

座間キャンプにはクォーターもランページもあった。フレームにはアンダーガード付きだ。ATOMShoe-G

 

      

故平木氏を偲んでメモリアルイベントとして行われるようになったヒラキカップは、カタチを変えて現在も行われている。ワイルドキャットのライダーだった池田二郎、ペダルピッカー、会沢たけお、ブーメラン

 

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