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BMXプロライダー・ランプビルダー Nathan(Nate)・Wessel Profile アメリカ・オハイオ州クリーブランド在住、25歳、ランプビルダー、コースデザイナーとしても活躍するプロライダー。PROPSのロードフールズ4、5、7、ユーロツアーなどに出演している。 スポンサーはTerribleOne他 インタビューは2001年3月に札幌国際自転車展のデモ用のセクション造りに来日した時のものです。 自分はネイトのことを知らなくて、造り手としての意見を聞こうと思って軽い気持ちでインタビューをお願いしたつもりだったのだが、話をしているうちに、実はスゴい人っぽいってことに気づき、かなり内容の濃いインタビューになってしまいました。造り手の意見とプロフェッショナルのスピリッツを感じていただければ幸いです。 日本に来たのは初めて? 初めてだよ、本当に“アメージング(面白い)”って感じで言葉にするのは難しいぐらい驚いたね、文化とか、人々の生き方とか、その他にも色々・・・ アメリカのどこに住んでいるの? オハイオ州クリーブランドの郊外だよ、生まれはペンシルバニアだけど。 今回はビルダーとしての来日だけど、自分の仕事で気に入っているものを教えて 今一番印象に残っているのがヤングスタンオハイオのチャンガワールドっていうスケートパークで、あとはペンシルバニアのインディアナにあるSTUDIO334、この2つが自分の作品として気に入っているね ビルダーの仕事内容は? 基本的にはパークの設計と製作だけど、コンテストのセクションを造ったりもするよ パークを造るにあたって、BMX用とかスケート用とかは変えて造るの? それはケースバイケースだね、依頼者のニーズに合わせて設計するようにしているよ スケートボードもやるの? もちろん、その他にスノーボード、モトクロス、サーフィンもやるよ 日本のスケートパークはこれらのスポーツを理解して造っているところが少なくて、いい材料を使っていてもあまり面白くないパークが多いんだけど それはアメリカでも同じだね、あるビルダーは、早くカンタンに安く仕事を受けてしまったりするし、それはビルダーによっても違うから、その結果、使う側から見るとつまらないものになってしまうケースはよくあるよ コンテストのセクション造りなんかだと、もっとシビアだよね、そっちの方での仕事は? マット・ホフマンのやっているCFBとか、VANSのやっているトリプルクラウンのダート(注1)とか、ウッドワード(注2)のダートとか、ランプに限らずやっているよ。ついでに言うと、MCやインストラクターなんかもやる、何年か前に日本の鶴田絢史がウッドワードに来た時に教えたのはボクなんだよ 例えばコンテストで、予想外のラインで攻めてくるライダーがいたりするけど、そういうことまで考えて設計するの? コンテストのセクションに関してはそれはないね、ほとんどのコンテストは1回で終ってしまうし、予算がなかったり、時間がなかったりするからね。パークではクリエイティブに考えたりすることもあるよ。ただ1部のライダーの1つのワザのためにやることはないけどね。コンテストでまったく新しい技が出てくることもあるけど、自分はコンテストライダーではないし、楽しみのために乗っているので、コンテスト以上にパークという場所で日常的に乗っているなかで、クリエイティブなことがたくさん出てくるので、それを拾っていく感じだね ビルダーの仕事って忙しい? オファーはたくさんあるよ、断る仕事も多いね。断る仕事っていうのは、例えば予算がこれぐらいで納期がいつまでってことぐらいで、うまくできたとか、誰が楽しむなんてことを気にしないようなスーツ着てネクタイ締めてるような人たちがやっているようなところ。それよりも今回のように日本に来たり、色々なところでBMXの楽しさを伝えるのに役立つ仕事をやっていきたいね。ウッドワードでは一生教えていきたいし、子供達のBMXに対する認識を深めていく手伝いをこれからもずっと続けていきたいね。 さっきから気になっていたんだけど、キミが本当にしたいのはビルダーの仕事より、BMXの楽しさを伝えることなの? そうだね、パークを通してもBMXの楽しさを伝えることはできるし、それ以外でもできることはなんでも。例えばウッドワードに世界中から来る子供達はプロに直接教えてもらえるけど、多くのプロは機材がいいから自分が乗るのが楽しくなってしまって、授業の時間だけ出て、自分が乗るのは子供達のいない夜だったりするけど、ボクはできるだけ授業にたくさん出て子供達と一緒にいられる時間を多くするようにしているよ。子供達もプロと接することができるから世界中から来てくれるんだろうしね。それがプロの役割だと思っているよ。あと、プロライダーとしては有名にもなりたいし、でもやることが多くて、時々考えてしまう時もあるけど、プロとして乗ることだけ、ランプをつくることだけと分けて考えることは自分にはできないので、色々なカタチでこのスポーツに貢献したいと思っているよ。 ライダーとしてのプロフィールを教えて 最初はスケートボードを5・6年やっていて、92年にBMXとスノーボードを始めた。始めてから4年ぐらいは、夏はBMX、冬はスノーボードっていう感じでやっていたけど、気が付いたらBMXにハマっていて、プロになっていた。だから真剣にBMXに打ち込んだっていうことではなく、楽しいことをやっていたらこうなっていた。 BMXのキャリアのなかでスタイルの変化ってあった? 実際はダートにハマっちゃって、土、土、土って時もあったけど、そういう時はダートのトリックの上達は目覚ましいけど、ストリートっていうのはちょっと違っていて、色々な場所に行った時、その先々で何かライディングに使えるモノを探してしまう自分がいて・・・。コンテストやパークやダートだと、そこに行った時だけのものだけど、ストリートだけは無限に広がっていると思う。それがストリートの魅力であり、やっぱり自分が最も好きなジャンルなんだなと思う。キッカケになったのはケガかもしれない。足首をいつも痛めていて、それでもブレイスを付ければ5Mのダートジャンプを飛ぶことはできたけど、そんな時にパークやストリートを考え始めた。ケガっていうのは本当に大きな影響力を持つと思う。今回もそうだけど、ケガのためにショーに出られない時など、ボクをビデオで見て知っている子供達は、きっと目の前でビデオと同じワザをやってくれるに違いないと思って見に来てくれているのに、それができなかったりするのはとても残念に思う。まあ、運ということもあるので、あまり真剣に悩まないことにしているけど。 最後にビギナーに一言お願いします アドバイスになるかどうかはわからないけれど、一般的な例では、BMXではデイヴ・ミラになりたい、バスケットボールでいうとマイケル・ジョーダンになりたいと思うこと。もう1つは自分がそうだったんだけど、自分に近い友達と一緒に乗るなかで、アイツのあのワザがかっこいいとか、人間性が素晴らしいとか、超大物スターを目指すのではなく、自分の友達と乗るなかから生まれてくる楽しさを追求していくのもいいと思うよ。BMXはフリースタイルなんだから、これだってことは言えないけど、楽しみ方にも色々なスタイルがあっていいと思うよ。若い頃って友達の影響はとても大きいと思うので、悪い友達の誘惑もあったけど、いい友達と楽しく乗れる環境があればBMXはより楽しいし、BMXを通してそういう友達と出会えたから今のボクがあるんだと思うよ。ネガティブな影響力は家族にもあったね、毎日自転車に乗って何になるんだって感じだったけど、今になってみればBMXを通して仕事ができるようになって、両親もボクを認めてくれるようになって、いい関係になっているよ。ちょうどBMXに出会う年頃って難しい時期だと思うけど、とにかくポジティブに向かっていけばまわりからも認められるようになると思うよ。これはBMX以外でも同じだと思う。ボクも両親も同じように歳を取っていく中で学んでいくし、例えばライダーはずっと続けられるものではないし、60歳になってジャンプで360°ができるなんて自分だって思っていないよ。だから今できることをやっていくってことはとても意義のあることだと思うよ。 2001年3月4日 Interview by OKU (注1)トリプルクラウンのダート BMXレースを激しくした感じのダウンヒルレース、わかりやすくいうとボーダークロスのBMXバージョン (注2)ウッドワード ペンシルバニア州のウッドワードにあるWOODWARD Campのこと、大規模なスケートパークが10個ぐらいとダートコースが1箇所にあるスゴい所 |